中村哲医師は何をした人?功績や活動など経歴[海外の反応]

4 min

2019年12月4日。

アフガニスタンで日本人医師、中村哲さんが武装組織に襲われて亡くなったと報じられました。

12月9日に中村さんは遺体で故郷の福岡に帰国したものの、福岡空港には九州在住のアフガニスタン人数十名が集まり、それぞれ悲しみの言葉を口にしていました。
アフガニスタンのガニ大統領から「地域の英雄」とまでいわれた中村哲医師のことを私たちはあまり知らないのではないのでしょうか。

そこで、中村哲さんとはどういった人で、何をした人かを探り、そして中村さんを殺害したのは誰なのかを考えてみたいと思います。

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中村哲医師ってどんな人?その活動と功績

中村さんは戦後すぐの1946年に福岡県福岡市で産まれ、1973年に九州大学医学部を卒業して医師になりました。

医者として国内の病院で勤めた後、1984年にパキスタン北西部にあるペシャワールに赴任して医療活動を開始。同時に隣国アフガニスタンでも医療活動を始めています。
その後、パキスタン政府の圧力によってパキスタン国内での医療活動が困難となったことから、メインをアフガニスタンでの医療活動に移しました。

2010年には、中村さんはアフガニスタンに全長25キロにもわたる用水路を整備。水があれば多くの病気と難民問題の解決になると考えての用水路建設でした。

この用水路はなんと福岡県にある山田堰をモデルとしたものです。

これは江戸時代の石で作られた堰(せき)で、川の流れにある角度で堰を置くことで自然に川の水を用水路に向かわせる昔の日本人の知恵と技術です。

また、江戸時代の工法を利用した背景には、「現地の人たちが自分たちで整備しやすいように」という想いもありました。

よく「発展途上国に近代設備を作っても、結局維持ができずにボロボロになってしまう。作った人の自己満足になってしまう」なんて皮肉を聞きますよね。

だからこそ、中村哲さんは現地の人でも整備しやすい用水路を作ったわけです。もちろん支援の心に優劣はないかもしれませんが、中村さんは「心の底から現地民により沿った支援」をしていたと言えます。
実際、用水路は現地民の生活を劇的に変えました。

アフガニスタンでは干ばつが起きれば多くの市民が餓死の危機に直面します。私達にとって水なんて蛇口をひねれば出てくる当たり前なものですが、冷静に考えてみれば水がなくなれば生活のあらゆる面で困るわけです。

そこに用水路を作り、それに伴って砂漠も復活した。

さらに、中村哲さんはアフガニスタン人が自分たちで用水路を作れるように、学校づくりも計画していました。

ここまで来るともはや「偉人」という表現が似つかわしくなってきますね。その功績が認められ、2018年にはアフガニスタン政府から国家勲章まで受け取っています。

だからこそ、アフガニスタン人の中にも中村哲さんを慕う人が大勢居たわけです。また、襲撃直後にわざわざ有名な武装勢力が「我々はやっていない」と声明を出したのも、それだけ”別格”扱いされていた人物だからです。

襲撃事件について

事件は12月4日、パキスタンとの国境付近に近いナンガルハル州のジャララバートで起きました。

当時、中村さんはパキスタンからアフガニスタンを流れるクナン川から水を引いてきて、ナンガルハル州の65万人を豊かにするための用水路工事をしていました。
工事現場に行く途中で中村さんらは襲われ、ボディガード4人と中村さんは銃撃されました。目撃者によると、犯人は起き上がろうとする中村さんにとどめをさしたそうです。

これらのことから、犯人は中村さんを狙った計画的犯行だとされました。そして、犯人が地元の民族衣装と地元方言を話していたことから、犯人は地元民と言われました。

9日までに犯人グループの2人が逮捕されました。しかし犯人は誰か、その動機は何かは警察は一切発表していません。

そのため犯人についての色々なうわさが生まれました。それらを探ってみたいと思います。

犯人と動機

まず有名な武装勢力ではないかというウワサ。

これは本人たちが犯行に関与していないとメッセージを出しました。

つぎにISが犯人ではないかともいわれました。しかし彼らは利用価値のないテロ行為は行わない主義です。中村さん殺害はISへのパッシングとなるので可能性は低いといわれています。なお、ISはなんのメッセージも出していません。

有力視されているのが、水利権でもめていたからだというものがあります。10日の東洋経済オンラインの記事によると、工事中の用水路が完成すれば他の地域の住民たちの用水に影響があるから、以前から工事をやめるようにと中村さんへの脅迫があったと報じています。

また同記事によると、BBCもナンガルハル州のシャキル知事の発言として「中村氏殺害は水関連の仕事が原因だ」と報じたとあります。

しかし、この記事は少しおかしいと思いませんか?なぜなら、犯人は目撃者によると地元民だった、なのに、地元に有益な工事をどうして地元民が邪魔するのでしょうか?ですから、水利権による犯行説には私は賛成できません。
いったん、犯人捜しをやめて中村さん殺害について海外の反応はどういうものか調べてみます。

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今回の事件についての海外の反応

Twitterから各国の反応を調べてみました。

駐アフガニスタンのオランダ大使は「地元民に尽くした中村さんを誰が殺害したいと思うのか?」と言っています。

国連アフガニスタン支援ミッションの事務局は「このような暴力を強く非難する」と怒りのメッセージを発しました。

アフガニスタンの政治家は「我々は恥ずかしい。我々はあなたを守ることができなかった。」というメッセージでした。

一般人のコメントは、「痛ましい」「悲しい」というメッセージがほとんどでした。中には日本語で「許してください」と書かれたものまでありました。

アフガニスタンの人々は中村さんの死を本当に悲しんでいるといえるでしょう。
しかし、コメント欄のある日本人のコメントが私はとても気になりました。こういうものです。
「アフガニスタン人が悲しんでるのは分かるが、どうして誰一人中村さんの意志を継ぐというコメントがないのか?」

そしてもうひとつ、気になったコメントがありました。こういうものです。
「現在タリバンなどの武装組織はバラバラで、内輪もめがひどい。そして、中村さんはタリバンとアメリカの仲介役をしようとしていた。だから見せしめになった。」

この2つのコメントから、あらためて犯人と動機を考えてみます。

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原因はアメリカとタリバンの仲直り?

中村さんはアフガニスタン人が早く自立できるような活動をしていたことは明らかです。そのために武装組織タリバンとアメリカが和平することは必要と言えます。

しかしタリバンの内部はみんな同じ意見ではありません。アメリカと戦争をやめたいグループと戦争を続けようというグループがいることでしょう。

そこで戦争を続けたいグループが中村さんを殺したとは考えられないでしょうか?
こう考えるとアフガニスタン人のだれもが「中村さんの意志を継ぐ」と言わないのも納得できます。中村さんの意志を継ぐといえば今度はその人がタリバンの内輪もめの犠牲になりかねないからです。

もしこの考えが正しいとすれば、平和活動に力を尽くした中村さんがテロによって命を奪われたといえます。やりきれない話です。

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